子どもは遊びの天才だってよく言われますが、私だって子どもなんかには負けないと密かに自負しております。そこらへんにある物で遊び道具を作ることだったら子どもなんかには絶対負けないし、木登りや独楽回しだって得意中の得意、ゲームや昔話だって山ほど知っていますから。
でも、トイレットぺーパーの芯に手を突っ込んだだけで、テレビアニメの主人公の持つ超強力なんとかかんとかという武器に本気で見立ててしまう子どもの姿や、「象の鼻はなぜ長い」のお話を聞いて、真顔で「そうだったのか」と感心(それはそれで少し気になりますけど)している子どもを目の前にすると、やっぱりかなわないと思ってしまいます。
それに、子どもの時は雪が降ると聞いただけでワクワクしたり、台風だって来るかもしれないと聞くと、不謹慎ながらちょっと心待ちにしていたのに、今では台風なんてもっての他だし、雪はきらいじゃないとはいえ、道の雪かきもしなくちゃいけないかと、喜びも半分になってしまっている自分を感じると、もう子どもにはもどれないんだなあと、ちょっと寂しい気持ちにもなってきます。
今回ご紹介する絵本では、大あらしをきっかけに、子どもたちの天才ぶりが遺憾なく発揮されていきますが、ウィーズナーの緻密な絵が臨場感を掻き立て、寂しい大人になってしまった私たちも、次第に子どもに返って、絵本の子どもたちの思いに共感していくように感じます。絵本の中の少年が、「ここにいるだけですごく気分がいいんだから」という言葉を漏らしていますが、言葉にはしないまでも、きっと私にも同じように感じた時間と場所があったのだと思います。(S・T)
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