皆既月食とつき合う

西に向かっていたバスが、名神高速道路の京都東インターを降りたのは午後の6時半の少し前でした。いい替えれば、満月に近いお月さまの左下辺りが欠け始めていたころでした。 これに気づいた私は、バスの最後尾に座席を移しました。5人掛けの椅子に一人で座っている状態です。案の定、五條通りはくるまが身動きできないほどです。ふだんなら、いらいらすることですが、あっさり、気を持ち替えたのでした。“くるまが進まないなら、お月さまを見て時を過ごそうか”と…。 高速を降りた当初は、道路が大きく左に曲がっていますので、月は左側の窓越しに見えています。 カーブを曲がり切ると、バスは五條通りは真西に向かって進みます。そうすると、私は座席を真ん中に移動し、後部の窓から月を眺めるという算段です。 月は後部窓から消えるとは全くと言っていいほど、ありません。雲に隠れることもまったくありませんでした。そのうえ、ラッキーなことにバスのすぐ後ろは背の低い乗用車ばかりです。(たとえ、大型車がついても、月は見えたかもしれません) 片側2車線の道路は、びっしりと言えるほど詰まった状態です。西に向かうくるまは黄色いヘッドライト、東に向かうくるまは赤いテールランプ。見事な対象形に感心しています。それが前方の運転席の窓から見れば、すぐ前は赤一色、反対側の車線は黄色一色です。ふだん見慣れた風景も見方や角度を変えれば、違った風景に見えるのは不思議です。 肝心の月は視界から消えることはまったくありません。時折、明るく道路を照らす水銀灯に遮られることはありますが、すぐに出てきてくれます。周辺の高いビルもまったく関係がありません。なぜなら、真っすぐ西に進んでいるからです。今日ばかりは、バスがほんの少しずつしか進まないことに感謝しなければなりません。この間にも、月を覆う陰は左下辺から徐々に面積を広げていきます。

東山トンネルを抜けると、月の位置は大きく変わりますが、その都度、座席を移動しますので、見失うことはありません。これほど、長い時間、月とかかわっている方は、専門家は別として、皆既月食に深い関心がある方に限られるのではないでしょうか。

京都駅でバスを降りたころには、月の大部分は消え、ベレー帽程度になっていました。

ここで、月とさよならしようとも思ったのですが、今宵は家路を急ぐ人ばかりではありません。ゆっくり消えて行く月に関心をもたれる方もあり、いつもよりはフェンスなどに持たれかかっている方も多いようです。

そんななか、“そうだ、ここまで来たらもう少し月を眺めていよう”と心に決めました。京都駅からまっすぐ東に月に向かって東山通りまで歩こうと…。