桜の木が無残な姿に

数年前までは、幼稚園の外にあれば、宇治市の名木100選にでも入るはずであった園庭の見事だった桜の木、近年、寄る年波でめっきり樹勢が衰えました。そこで、今春前、思い切ったリニューアル(?)を施し、その回復を待っていたのですが、残念なことに、この秋、木の運命を決定づける無粋なキノコ類が生え、私の目が行き届かなかったため、あっと言う間に無数と言えるほどの多さとなりました。こうなれば、伐採するしか道はありません。

それにしても、残念です。この初夏には新芽も吹き出しましたので、ほっとしていたのですが、やはり切り口からばい菌(?)が入ったのでしょうか。再度の大幅な手術となりました。

それでも、回復するかと問われれば難しいというのが、現況のようです。昔から“桜切るバカ、梅切らぬバカ”と言われているように、桜の手入れは非常に難しいです。また、桜の木の中でも“ソメイヨシノ”は樹齢80年内外と言われていますので、広野幼稚園の園庭を彩り、多くの子どもたちの入園を華やかな色彩で迎えてくれた大功労者も、今まさに命を絶えようとしているのかもしれません。

どうもありがとうございましたの言葉以外に贈る言葉をもちません。今回の大手術で、ぶざまになってもいいから、もう少し長生きしてほしいと今も願っています。

自分のパワースポットの一つ、平家物語の小原御幸の一節、池のみぎわに可憐に生きていた京都は大原の里にある寂光院の古木が眼前に浮かび上がり、もう少しがんばってと心の底から願っています。


追伸 この後は、雨露ができるだけ枝や幹に染み込まないようにと、切り口には木工ボンド(近年の工法とか)を塗り、その上から、トタン板か円筒形に加工したカバーを運転手の渡辺さんに作っていただき、ていねいに見守って行きたいと考えています。