冷泉家から、一転リサイクルショップへ

今にも雨が落ちてこようかというなか、冷泉家を見学いたしました。冷泉家とは、宇治市とも関係深い平等院を建立した藤原道長を始祖とし、百人一首の選者としても名高い、藤原定家を生み出した和歌の名門です。京都御所の北、同志社大学の西南、市営地下鉄丸太町を降りて1分ほどのところにあります。

訪れた理由は、京都(日本)に昔から伝わる伝統行事(特に、ひな祭りや七夕など)を忠実に守られているおうちですので、何か身に感じるものがあるのではないかとの期待からでした。

再び、話は歴史的となりますが、明治維新で皇居の移転とともに、多くの公家たちが東京へ移り住みました。ところが、今で言うところの公文書類や歴史的価値の高い明月記等の日記などを保管していた冷泉家は、京都に残り、その後もその盛衰を見守ってきたおうちです。

江戸時代で有名な、天明の大火には家屋敷は炎上したものの、書類などを保管していた2棟の土蔵は幸運にも焼け残り、昔の出来事を忠実に現在のわれわれに伝えてくれているのです。また、このお宅は豊臣秀吉によって区分けされた公家屋敷群の一角にあり、今に残る代表的な公家屋敷の遺構として有名です。

小雨降るなか、まして、3時も過ぎての訪問でしたが、折りからの京都御所の秋の一般公開と重なり、大勢の方々が訪問されていました。

 

その帰り道、時々出向くリサイクルショップに立ち寄りました。そこで、思わぬ収穫がありました。インドネシアのバリ島近辺だったと思うのですが、ワヤン・クリという影絵芝居で使われる操り人形があります。本物だろうと思うのですが、この人形を580円で購入したのでした。何かの機会に、2・3年後、いや10年後の子どもたちに、お披露目することができるかも知れません。